歴史上の人物の食生活から高血圧を知る

高血圧お役立ち情報

歴史上の人物の生活を知り、生活習慣を見直す

徳川家康は体に気を使っていたため医薬品に強い興味を持ち、薬も自ら調合していました。

静岡県にある久能山東照宮には、彼が使った薬箱や薬研(やげん)が保存されています。食事に気を使い、自ら漢方薬も処方していたのであれば、75歳まで長生きしていた事に納得ができるのではないでしょうか。

この家康とは対照的だったのが越後(新潟)の名将上杉謙信でしょう。かれは米床の越後の出身らしくかなりの大酒飲みでした。

行軍馬上用の酒グラスを作らせたことも有名です。またお酒のつまみは常に味噌か梅干しであったと言われています。

梅干しはアルコールで酸化した血液には有効ですが、それ以上にお酒を飲んでいたようです。また味噌を「なめなめ」しながら、20代から大酒していたというのですから、高血圧症になるのは時間の問題だったでしょう。

天正6年(1578年)、謙信は京都に上洛し織田軍撃破のために出撃しようとします。しかし、出陣を間近にしたある日、突如、春日山城の厠(かわや「トイレ」)で倒れて亡くなってしまいます。当時の文献には「不慮の虫気」とありますが、高血圧性脳卒中であったと言われています。上杉謙信49歳の時でした。

戦国最強の軍団の総帥が突然亡くなったことで胸をなでおろしたのは、織田信長であったことでしょう。彼自身、上杉軍とまともに戦って、勝算の見込みがまるで立っていなかったのですから。

上杉謙信のライバルの武田信玄の自画像を見ると赤ら顔で精力旺盛、高血圧を患っているかのように見えます。反対に上杉謙信の自画像は泰然自若とした落ち着きがあり、高血圧の症状は全く見てとれません。

私の勝手な想像ですが、二人の生き方や性格を見ると、上杉謙信は間違いなく感情起伏のはげしい高血圧型、一方の武田信玄は理知的であり普段穏やかな気性、そして朝起きるのが何よりつらい低血圧型であったのではないかと考えています。

その武田信玄は上杉謙信より5年前に食道がんで亡くなっています。歴史上の人物の生活習慣から高血圧などの病気が見えてくる一例でした。

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株式会社イコールヒューマン 代表取締役 木村哲也

株式会社イコールヒューマン
代表取締役 木村哲也

こんにちは、木村です。
今、日本人の3人に1人が高血圧症で、6人に1人がその為に薬を服用していると言われています。
私の家系も例外ではなく、高血圧患者がとても多いです。その中でも特に母方の祖母は…
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